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ワシは戦国武将で言うと誰に似てるのか?

先日の脳内メーカに続き、面白そうな(変な?)診断サイトを試してみた。 あなたは戦国武将で言うと誰に似てるのか? ワシの能力診断結果! ●武力:65点 [よくできました] ●知力:90点 [すばらしい] ●魅力:60点 [普通] ●政治力:55点 [普通] ●才能:80点 [よくできました] あなたは毛利元就に似ています。 個人的には戦国最強といわれた上杉謙信が良かったのだが、診断結果が毛利元就とは能力的には正反対の人物に診断されてしまった。悪い印象の結果ではないが、部屋の毘沙門天の旗が泣いてるぜ・・・ ^^; 20070922_bisyamonten.jpg
<毛利元就解説> 元就の生涯は、まさに考えに考えぬいた一生であった。安芸吉田荘(広島県高田郡)三干貫(約三千石)の地頭から、中国の雄にのしあがったことを思うと、当然のことであろう。元就の残した言葉には「武略・計略・調略」「調儀」という語が多い。謀略家は、次男元春の妻女を選ぶにあたってさえ、武勇に優れた熊谷信直の「醜悪(みにくき)こといわんかたなき」娘を望んだ。信直が恩義を感じ、死力を尽くすと踏んだからだという。また元就の生涯は、摂生に摂生を重ねたものであった。五歳で母に死別、十歳で父を失い、二十歳のとき、兄興元が病死し、その子幸松丸までもが九歳で亡くなってしまう。肉親が次々と死んでいく中で、健康に留意するようになったのは当然のことといえるかもしれない。戦国時代では当主の早世が家門の衰亡を招くのだから尚更だ。父も兄も酒豪で、ために早死にしたとも言われている。「酒を飲まなかったら七十、八十歳まで生きられる」とは、摂生によって長生きし、西国に覇を唱えた彼の、息子たちへのお小言である。「毛利という二字が、末代までも廃らないように、全力を挙げよ」この思いが、彼の人生のすべてであった。
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